仕事

2017年3月 3日 (金)

異動の春

私ごとですが、この4月から契約先を変わります。
今までのところとは12年間仕事をもらっていました。しかしながら年々報酬が削られ、今現在はそこの仕事1本では生活できず、別でコンサルタントの仕事を探しては、なんとか収入を確保していました。
以前もブログに書いたと思うのですが、昨年の夏に大阪で開催されたセミナーで、私と同業の人、偶然にも福岡の人ですが、その方と一緒になり、同じグループで研修課題をこなしているうちに仲良くなったのです。
年末に忘年会しませんか博多当たりで。OKですよ。
年始に新年会しませんか博多当たりで。もちろんOKですよ。と何回か誘われて食事をしました。
2回目から、あちらの上司も同席するようになり、4回目会って別れ際に、あなたさえよければ、1年後くらい先でけっこうなのでうちに移ることを考えてもらえませんか、と言われたのです。
今まで、同業仲間の意見交換会だと思っていたのですが、どうやら勧誘でした。
正式に事務所にお伺いして条件を聴いたところ、現在のとこよりかなり好条件でした。
それで私は移籍を決意しました。まあいえばプロ野球選手が、たくさんある球団を渡りあるくようなもので、業界は同じなのです。
現在の契約先のマネージャーに、契約解除の意思を伝えました。このマネージャーは私と同い年。同じ日に今の組織と契約し、机をならべて新入社員教育を受け、彼は東京の人間なので正社員に。私は遠方の人間なので外部委託として契約したのでした。
外部委託は、仕事の受注量の確約がありません。顧客から評判がよければ、引き続き仕事は来るが、クレームが多ければ仕事は全くきません。契約はしていても何年間も仕事の無い人もいます。
まあ、マネージャーとは懇意にしていただけに、なかなか言い出しにくかったのです。メールでポンと打ったら、すぐに電話が掛かってきました。
上記の流れを説明したら、「残ってもらうにはどうしたらいいか、条件を言ってほしい」
新しいところの条件を口にして、「それだけ仕事を出してくれるかい」
彼は無言でした。そうでしょうね倍近くちがうのですから。
「社員にならないかい」「なっても定年まで1年しかないよ、しかもあのスケジュールで土日も仕事したら、体を壊すよ」
「そうだね。わかった。上司に伝えるけど、直接電話が行くかもしれない、その時もきちんと回答してほしい。残念だけど。また今後も連絡をとりあおう」
「了解しました」
こんな状況でした。上司からは電話はきませんでした。電話してくるような人ではないと、わかっていました。今は、すでに3月から新しいところでの研修の準備をしているところです。
さてもう一人、異動する人間がいます。長男です。
過去のブログで長男が入社した会社で所属上司に只残業やパワハラを受けて、やめたいと窮地に陥っていることを書きました。
その後の経過を言いますと、息子が総務にこういう理由で辞めたい、と伝えたら、来週から所属部署へは行かなくてよいから総務に出勤しなさい、という指示がありました。
 総務の課長は、上司が息子に打った、パワハラメールを見て、表情が変わったそうです。結果、上司である課長と、部長は部下に対する無報酬残業の強要で、処分を受け、社内的も公開されました。結果息子と、その先輩たちも過去からのただ働きの残業代が支給され、課長は降格になり、東京へ転勤になりました。
九州本社の会社なので、東京への転勤は東京へ飛ばされたという、表現になります。面白いですね。
息子はその課から、購買課へ配属が変わりこの最近まで仕事をしていました。購買課は心の病を患った人や、問題のある人の引き受け部署のような色合いも少しある部署だそうです。
それが、本人が言うには仕事ぶりが常務に気に入られてて(?)、この4月から常務に引っ張られる形で大阪に転勤が決まったそうです。大阪は家内の実家があり、可愛がってくれた祖父母がいるので、まるっきり知らない土地ではないのですが、やや不安はあります。
九州の片田舎ののんびりした雰囲気から、北浜で営業マンになるそうです。
まあ、それを聴いて家内と大笑い。
この春異動の、2名の話でした。
 
 
 
 

2017年1月31日 (火)

転機

私の身辺が慌ただしい。と言っても私一人慌ただしいのだが。
私の仕事は、ISOの審査員。完全な外部委託審査員として、現在の認証機関と契約している。社員ではない。個人事業主だ。
業務内容は、メールでスケジュールが決められ、その日がくれば顧客企業にでかけて、審査を行うというもの。
現在の認証機関と契約してもう12年になる。
仕事は波があり、3月、4月には全く仕事がないときもある。ただし10月、11月の繁忙期はほとんど家にいない。
一年通して、安定して仕事があればよいのだが、企業の都合もあり、そうもいかない。
まあ、とにかく不安定な仕事である。テキヤと同じといえば同じ。季節変動があるのだ。
実は昨年、大阪である研修を受けた。ISOに関するものだが、参加者はプロの審査員もいれば、企業の事務局の方々もいた。
グループ討議のときに、いくつかに分かれて、与えられた課題に取り組む。当然プロが中心になるが、時として有能な企業の方がいれば、その人をリーダーにして、仕切ってもらい、間違いそうになると、指導するという役回りを受け持つこともある。
その時のグループ内に、私と同じ立場のプロの審査員がいた。
一緒にやっているうちに、彼が福岡県からきていて、とても近いところにいることが分かった。彼の所属している審査会社のことも、教えてもらった。
昨年の年末、彼から忘年会をしようと声をかけてもらった。博多近辺で食事した。そのとき彼の上司も一緒に来た。二人とも私よりは年下だった。
いろいろ仕事のことや、身の上話をして別れた。
そうして、今年の正月も彼が、新年会をしませんかと、誘ってくれた。
私は同業者で、愚痴を聞いてくれる仲間も周りにいないので、誘いがうれしかった。そのときに彼から、実はあなたと一緒に研修をしたときから、うちの機関に来てほしいと思っていた、と言われたのだ。
誘ってもらえたのは、嬉しかったが、実はこの世界、詐欺まがいのひどい機関もある。その類(たぐい)かなと思って本気にしていなかったのだが、新年会で別れたあと、落ち着いて考えてみた。
上司が来たのも、私を見定める目的だったのだろう。何度も何度も声をかけてくれたのは、よほど来てほしい、人材が足らないのだろうと。
実は何度か食事をする中で、私は彼らの機関の状況や報酬のことなど、まったく質問しなかったのだ。ただ世間話の会食で終わらせていたのだ。新年会の別れ際には、1年後でいいからうちに移ることも考えて欲しい、と言われたのは覚えている。
そこまで、声をかけてくれるのなら、一度正式に、酒宴の場でなく、昼間に話を聞こうと考えた。
そこで、福岡の彼らの事務所に出向いた。彼らの機関の規模、顧客数、審査員の人数、一か月の仕事量など。
話を聞いてみると、条件がいいことが分かった。財団法人であり、今の契約先ほど、シャカリキにならなくても、日数が少ないけれども逆に報酬が多いことがわかった。
但し、通勤してほしいという。事務所にきて、顧客からの質問の電話の応対をしてほしいという。出社だけで、定額の報酬がでるとのこと。実際のところ、電話も少なく、暇だとのことだった。全部で3人。男性が出払うと女性一人になり、それも物騒なのだろう。
 
今更、通勤電車に乗りたくないというのが本音。仕事がないときは好き勝手にアンプも作れるのだが、さて。
12年間、仕事をいただいてきた、現在のところへの義理もある。この3月から報酬を上げてくれるという話もあるのだ。
しかしアップしてもらっても、新しいところの方が、はるかに多い。
 今、迷っている。私はただ、契約してくれたところの言うとおりに動くだけなのだが。
リモコンを持った人のいうとおりに動く鉄人28号と同じなのだ。さて。

2016年11月 4日 (金)

今週はよく移動しました。

10月30日から11月2日までは東京、埼玉に出張していました。

31日、11月1日は入間市に泊まっていました。なので0053Aアンプが新オーナー様(埼玉県在住)にもらわれたときは、実は近所にいたのです。

2日に帰宅後、3日は移動で島根県の江津に行きました。江津はごうつと読みます。島根県の山陰側の県の真ん中に位置するのでしょうか。ちょい西かな。

新山口から「特急スーパーおき」に乗り込みました。

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カッコイイでしょう。おきは2両編成です。指定をとったのですがそれでも乗車率40%くらいかな。

今日4日に仕事をして、16:20の帰りの「スーパーおき」に乗り込みました。

指定をとったのですが、乗車率は10%程度でした。海に沿って西に走ります。

山陰の海は趣きがありますが、今の季節もありうらさびしいような。

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途中すれ違いで「波子」という駅で臨時停車。波子は「はし」と読みます。

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この駅名の表示板をよく見てください。次の駅の名前。特急だから止まらないのですが、次は「くしろ」です。北海道みたいですね。

島根の釧路はどんな字を書くのか、興味がありましたが、気が付かないうちに通過してしまいました。

 調べればわかるのでしょうが、もう活字は見たくなくて。

さて日曜日から、鹿児島に行きます。何かこの移動家業を利用して楽しいことができないものでしょうか。

でも夜に到着して、ホテルで寝て、次は1日建屋の中で仕事。紀行文を書こうにも、どこかに寄る時間もないし、ホテルではパソコンに向かって報告書を作成してばかり。

移動中もパソコンで作業。49才のときは、半田ごてや工具を携えて、沖縄のホテルで歪率計の基板の実装をやったものですが。

あれが9年前か、もう元気がないなあ。窓からの風景写真と紀行文で行きますかね。

2016年6月28日 (火)

きつい

先週末からスケジュールがタイトである。

先週木曜日に、朝から出発して長崎の諫早に。午後と金曜日一杯仕事をして福岡に帰宅。

そして土曜日は学生時代の仲間と35年ぶりの同窓会で、名古屋に出かけて、深夜まで宴会。栄のホテルで一泊して、日曜朝早く名古屋を出て福岡へ帰宅。

そして日曜のうちに夜の便で宮崎まで移動。月曜は宮崎で仕事をして、夜帰宅。

そして今日の火曜日は、朝早く車で熊本の菊水の会社に行って午前中仕事。午後2時に帰宅して、今度はお昼3時半から、新幹線で鹿児島中央まで移動し、鹿児島中央からバスで鹿児島南部の町へ移動。

そして今現在その町のホテルにいる。明日明後日と鹿児島南部で仕事の予定である。

長崎、名古屋、宮崎、熊本、鹿児島とこれを6日でやるというのは我ながらスゴイ。もっと凄いのはずっと飲みっぱなしだ。

まあいいか。もう自宅には家内しかいない。家内は寂しがってなんかいない。なにしろ全国に嵐仲間がいてリアルタイムでつながっている。

ああ、かわいそうな子がいた。愛犬ランチ(柴犬♀)だ。

ランチはお母さんとの散歩を嫌う。短くていやいや付き合ってくれているのが、よくわかるようだ。

私との散歩を生きがいにしている。先週からの6日間。顔をあわせることもあったが、一度もいっしょに散歩にいっていない。

かわいそうに。あんなに私を慕ってくれるランチが人間だったら、私もどんなにうれしいことか。30代のきれいな女性のはずである。

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2016年6月19日 (日)

キャッチコピー

またまたモハメド・アリ氏の話で申し訳ない。

「蝶の様に舞い、蜂のように刺す」

これは本人が流布させたのでしょうか。それにしてもカッコイイキャッチコピーである。

ジャズの世界でも、すごいキャッチコピーがある。

「鯨のように飲み、馬のように食べ、ウサギのようにセックスをした」

誰でしょう。

国内の政治家にはこんなコピーが

「子供のように視野が狭く、子どものように他人まかせで、子供のようなウソをつき、子どものようにキレ、子供のように何をしでかすかわからない」

さあ誰でしょう。

この2つの問題の答えは順に、チャーリー・パーカー、安倍晋三氏である。

ちなみに私のキャッチコピーは

「トカゲのように這いつくばり、雲のように変化し、カレーライスのように人に寄り添う」

いやいや

「ワニのように頑固で、安い食事でよく働く」

これでは捉えどころがありませんね。

皆さんも、ご自分のコピーをお考えください。考えたら家族の方に披露してみてください。きっと違うと言われます。

2016年5月16日 (月)

BCPをご存知ですか

少ない件数でしょうが、皆様の勤務先でBCPを作成されているところもあるのではないかと思います。

BCPとは事業継続計画のことです。

分かりやすく言えば、甚大な災害が発生しても、なるべく早く事業再開できるように、普段から計画を準備しておくことです。

BCPのおおまかな説明をします。プラスチック成型屋さんを例にしましょう。

従業員数20人。成型機10台。

この会社が震度7の地震被害に遭った場合。

計画のスタートは

①従業員の安否確認

②建屋、成型機などの社内設備の被害確認。

③インフラの状況確認(電気、水道、ガス)

その後、時間の経過とともに、再開目標期日、目標稼働率の設定。

そのために必要な情報としては、

 ・従業員の出社可能日と人数の確認 ・建屋の損壊状況確認(使用できる建屋はどこか) ・稼働可能な成型機の台数と必要なメンテの把握 ・インフラの復旧予定の把握

などなど。

・更には注文残の確認と、事前に緊急時生産委託をお願いできる他社への依頼可否の確認(なるべく遠方の企業、複数が望まれる)

・成型機のメンテナンスメーカーへの修理依頼と完予定日確認

・樹脂材料の供給メーカーの発注と納期の確認

以降は毎回、上記を繰り返すことによる、生産キャパの変化の確認を継続します。

そうすると、いつごろまでに災害前の生産量の80%まで回復するだろうと言う見通しが立ってきます。

これがBCPです。重要なのは、事前に準備しておくということ。

いざと言う時、助けてもらえる協力会社と契約しておく。これは相互で助け合うということ。

建屋、成型機のメンテ会社も近場、遠方といくつか確保しておくこと。材料供給会社も同様に分散させておくということ。

もしBCPがなければ、経営者は機械がひっくり返って、尋常でない様子の工場内を見て、なにから手を付けてよいのか分からず途方にくれてしまうことになります。

BCPがあれば、それにのっとり、どんどん行動を起こせばよいのです。

これは、このたびの熊本の地震災害にも言えます。今回はいままでよりも、動きが早かったと思います。おそらく国の方でBCPを作成したいたものと思います。

災害のたびに経験を活かし、次はもっと改善しようと取り組めば、二次災害の防止や、復旧の迅速さに活かせると思います。

 救出、避難、食料、医療、仮設住宅の建設など。

BCPを簡単に言えば、備えあれば憂いは少なし、ということです。

BCPは企業単位でも、地方の行政単位でも、学校でもどこでも有用です。もちろん一般家庭でもです。

私はBCP作成の指導もしています。ご興味があれば、ご連絡ください。

今日は仕事の宣伝でした。

2016年5月 8日 (日)

鹿児島出張

今日から鹿児島へ出張。帰宅は10日の予定。

なにはともあれ、九州新幹線が復旧していて助かりました。

 震災当初、新幹線のレール上の車体が脱線している画像が何度も、報道されました。

今日、久留米から、新幹線に乗ったのですが、今のところ本数を減らした間引き運転です。本数は三分の二から半分程度まで減らしています。

それでも無理は言えません。震災当初、鹿児島出張は決まっていましたので、飛行機で移動するしかないと覚悟していました。

取りあえずは安心しました。

この最近、1300人規模の全国の方々が熊本に入り、復旧援助で動いてくださっています。

他県の建設会社の重機が、益城の倒壊家屋から、農家の田植え機などを救出したりと、活躍してくださっています。これで田植えができる=収入が確保できるのです。

 ありがたいことです。こんな話はしたくないのですが、今後日本国中で震災の発生可能性が高まることが予想されます。

これからは、オールジャパンで、他県を助け合う機会が増えると思います。今言えるのは、震災の可能性を判断し、原発は動かしていてもいいだろうという考えを捨てること。

活断層があるから、ないから、という根拠で地震対策の程度を決めることはやめること。端的には、活断層がないところも、必ず震度6は来るという想定で、逃げ出す術、持ち出す備品(車のカギを含めて)を準備し、持ち出しやすいところに置いておくこと。これは全家庭で必須です。

地震が長期間なかった地域こそ、準備が必要なのです。九州がそうだったのです。

 

2016年4月21日 (木)

土建業

今日、九州の土建屋の社長さんと話す機会があった。

現在、その会社が抱えるリスクは、これはその会社だけでなく、業界全体に共通する事柄だが、若い人材が入って来ないと。

現在の若い人たちは、机に座ってこなせる仕事を希望している。真夏の暑い時期や真冬の厳寒期に屋外で土を相手にする仕事はまず選ばない。

むかしは仕事が無ければ、土方でもするかと、人が集まったものだが、いろんなものが世の中に溢れて、いろんなサービス業が増え、かっこいい仕事が増えて、体を使う仕事は嫌われていると。

まして今の建設業は頭がいる。

施工技術の知識が必要だ。下請け企業をきちんと管理する能力もいる。測量技術ももちろん必要。記録データや写真を撮影して、報告書にまとめる能力も必要。近隣住民とのコミュニケーションも必要。仕事を発注してくれた役所の担当者と、コンスタントに連絡・報告するまめさも必要。

とにかく優秀でないと務まらないのだ。そうやっていろんな工事(道路を作る、橋を架ける、トンネルを掘る、下水道管路を敷設する、海底を掘削する、消波ブロックを作る)をこなして実績を作ると、その現場監督がいると企業は大きな工事の受注が楽になるのだ。土木施工管理1級の資格を持っていると、くいっぱぐれが無い。

そんな技術者に育成しようと2年前に新卒が1名入ったが、1年もたなかったとのことでした。

じゃあ人材難のリスクをどう乗り越えるか。やはり長寿化している労働力に頼らざるを得ないだろうと。以前の60歳定年が現在では70歳定年に当たるそうだ。

たとえば、建設業の経験がない高齢者が突然入社して仕事はできるのか聴いてみた。

社長はそれは無理だと。高齢者は俊敏性がなく咄嗟の動きがとれない。まして初心者ならどう動くべきかもわからない。若いころに経験がある方なら、何とか注意しながらこなせるかも知れないが。

なので今は、人材と言えば、同業他社が解散する情報があれば、施工1級の資格者をひっぱってくるのがベストだ。それでもライバル会社も同じことを考えているとのこと。

 レジ打ちのバイトで食いつないでいる若い人は、一念発起で建設業界に飛び込まないだろうか。やはり無理だろうなあ。

これから、日本は自然災害が増えるだろう。この近年の大雨や地震を思うと、やはり土建業は必要だ。

行政が、建設業の人件費を上げて、工事金額を設定しないと建設業はすたれてしまう。

 それともTPPに頼りますか。TPPと言えば農業のことしか考えていない方が多いようですが、あれは多種の業界に適用されます。手っ取り早く言えば、日本の行政が発注する公共工事も、アメリカの企業が入り込んできて受注することもOKの制度なのです。

いわば、国内のお金をアメリカが持って行くというシステムなのです。

自前でどうにかしければ、です。

2016年4月14日 (木)

君は向いてる

長男が就職して、新人研修を受けています。その一環で自衛隊での2泊3日の研修もあるそうでう。

それを聞いて、良くない記憶が甦ってきました。自衛隊と言えば、肉体の限界まで鍛えるというイメージがあります。例えば持久走で何十キロも走らされる。腹筋200回は当たり前、極めつけは匍匐前進で500m進めとか。できない人間にはそばで上官が叱責しながら大声で気合を入れる、など。もちろんこれらは私の勝手な想像です。

その昔、長男は小学校時代にソフトボールのチームに入っていたのですが、ちょっとした出来事があったのです。

監督は昔ながらのスパルタ指導に自信を持った人でした。外野ノックで取れないところにボールを飛ばすのです。真面目な子は取れなくても一生懸命追っかけて、やる気を見せれば、監督もそこそこのとこで、ノックも終わらせるのですが、息子は他の子とは違っていました。

叱りながらノックをする監督が理不尽に思えたのでしょう。取れないとわかっているから本気で追っかけない息子。尚のこと怒って「ほら、走れ!やる気がないなら辞めろ!」とどんどんノックの雨を左右に振らせます。

ついに息子は切れて「辞めます」と言って、もう帰ろうとしたそうです。

私はその場にいなかったのですが、怒った監督はケツバットをしようと息子に駆け寄り、嫌がった息子は反撃にでる、といった格好になったようで、グランドで大人と子供がもみ合っていたそうです。

結局息子はチームを辞めなかったのですが、監督さんの方が事情があって辞めていかれました。

 これが語り草になってて、昔のチームメイトの子に会ったら、お前は監督に逆らって最後は監督をやめさせた男だ、と言われるそうです。

そういう息子なので、自衛隊に体験でいったら、「バカバカしいやってられない」とその日のうちに会社を辞めるのではないかと内心心配したのです。

 ところが本人に聞くと、研修前から先輩にきいたら、結構楽しかったらしいとのこと。

それで、体験入隊を終えて帰ってきた息子にどうだったと聞いたのです。

 「君は自衛隊に向いている」と言われたと。

唖然としたのですが、どうやら指示されたことはとことん、実行し命令を守るというところが評価されたようで、先の言葉になったそうです。

 確かに息子は、理不尽なことには反発するが、法令を極端に順守する、という部分があります。

 自宅前の道路は道幅5m。家の前に車を停めるときに、やたらと道路の方に飛び出してとめるので、それじゃ通行車両の邪魔になるじゃないか、と注意したら、「路側帯から70cm開けて止めるのが道交法だ」というのです。

確かにそうかもしれないが、実体は車道の半分とまではいかないが結構出っ張ってまわりに迷惑だと諭しました。

さらには「うちの前のすぐ横は坂の頂上だからさらに5mはそこから開けなければ」というのです。

それを忠実に守るとお隣の家の前に、道に出っ張った形での駐車になるのです。

まあ、コンプライアンスバカとでもいうのでしょうか。そんな息子が、自衛隊で言いつけをひたすら守った結果の上官のことばなのだと思います。高校時代は陸上部でしたから、走るのもそれほど苦ではなかったと想像できます。

実は九州の地方企業では、新人研修に自衛隊体験入隊をとり入れている企業が結構あるようです。基地もあちこちにありますし。自衛隊も最近は入隊希望者が減っていて、企業をもし辞めたら来てほしいというのもあるかもしれません。

かくして、体験入隊は無事終わったようです。10分でメシを食えというのがきつかったそうで、聴けば同期の仲間と仲良くなり、楽しそうに通勤しているようです。自衛隊をクリアできて一安心といったところです。

もう、親はいいでしょうね、心配しなくても。あとは自分でやっとくれ。

2016年3月16日 (水)

プロとアマチュア

以前より、プロとアマチュアの違いの定義が語られてきました。

 私なりの考えは、プロは顧客に対して責任を常に負っている、且つその業務で生計をつないで行かなければならないと思っています。

 関西の吉本興業。実際に大阪の吉本に行ったことがある方なら、ご存じだと思いますが、吉本の中にも売れているランクが、頂上から底辺(失礼)まで幅広く存在しています。

80年代のステージで、昔ながらの老夫婦の漫才コンビも見ました。あまりTVには出ずにもっぱらステージでのパフォーマンス。

 やってるネタも同じことの繰り返し。しかしながら若い人には受けなくても、高齢のお客さんは必ず笑っていました。この年になってその面白さが分かってきました。しかも手を抜かず、パワフルなステージ。

 要は、ここでこのネタを言うぞ、と客も分っているし、間違いなく言ってくれるし安心感からくる、予定調和。

でもこれもプロなのです。クビになりません。ある層の顧客に対し、責任を全うしているのです。

 路地裏のそれほど客の入っていないお好み焼き屋さん。それでも細々と50年やってたりします。やはりプロです。

経営破たんしない基本条件は、お客さんを裏切らないことです。ときどき思い出してやってくるお客さんが、ああやっぱりお店やってた、という安心感。

 一方のアマチュアはどうでしょう。パフォーマンスでは、ときどきはプロを凌ぐこともあるかもしれません。でもいつもそのパフォーマンスをキープすることはできません。しかもパフォーマンス発揮の機会も少ないのです。活動していなくても困ることはありません。他に食いぶちはあります。

 もし失敗してお客さんを怒らせても、アマチュアだからで許されることもあります。

今度は逆にアマチュアに近いプロはどうでしょう。ときどきは凄いパフォーマンスを見せながら、お客さんを喜ばせて、決して破綻せず、調子が良くない時もそこそこのパフォーマンスで耐えている。

私は、このアマチュアに近いプロが好きです。定期的に波を作り、その最高点を顧客に提供する。波がないときは、じっと耐えて次に備える、それこそがプロではないかと思うのです。顧客満足と持続性がポイントだと思います。

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