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2016年7月 7日 (木)

お別れのあいさつ

チョークコイルを落札した。

天面にネジが4本立っている。うち2本は新しく、簡単にドライバーで回して外せる。

ところがもう2本のネジは、以前からついていたもので、完全に錆びて動かない。

私の計画では、ふるいネジは2本とも外して新しいものに交換。4本全て新しくである。

ところが錆びたネジを外そうとしても動かない。しょうがないので、ネジザウルスという、変則プライヤーで、頭をつかんで回してみた。

前回、これで力を入れ過ぎて、テニス肘になってしまったのだが、また同じ作業をすることに。

なるべく痛くない角度、態勢を選んで、ゆっくり力をいれると、1本は動いてはずせました。

もう1本は回らず、ネジが折れてしまい。頭は取れて、ねじ部分はチョークコイルのなかにとどまっています。

 こうなると、ネジ4本の交換は無理で、天面はネジなしフラット仕様。ネジ穴はパテで埋めて、全塗装です。

今回、腕は痛みませんでした。こちらの発見が収穫です。どうやら腕は回復傾向の様です。

よし、よし。アンプは今後も作れそうです。

ところで、ここで皆様に重大な連絡事項があります。

そろそろこのブログを店仕舞いにしたいと思います。思えば2008年の6月からスタートし、記事も数千件、書き込んできました。

この8年間で、言いたいこと、見ていただきたいこと、知っていただきたいことを繰り返し書いてまいりました。

 最近の記事は、どうみても過去の焼き直しが多く、すでにこのブログは役割の多くを終えているなと考えた次第です。

 ブログの管理ページに「このブログを削除する」という項目があり、そこをたった一度クリックするだけで、過去の全ての記事や、皆様からのコメントも、消し去ることができます。

 いきなり抹消すると、パニックになられるかたもいらっしゃるでしょうから、一週間は置いておきます。

その間、過去の記事の再確認や、写真のコピーを実施していただいければと思います。このブログは著作権、肖像権、版権はありません。いいブログでしたね。

もう記事は書きません。いささか疲れてしまいました。今後は他の方のブログにコメントを寄せていきたいと思います。

私のアンプ製作活動は、私のオークション出品でご確認いただけると思います。

 みなさま、今まで本当にありがとうございました。こころから感謝いたします。いつまでもお元気で、恙無くお過ごしください。

トニー

2016年5月27日 (金)

やや改善か

複数の方から、メールやコメントで、助言をいただきました。ありがとうございます。ご心配をおかけいたしました。

やや、持ち直しかけています。

先ず息子は、休んだ日は、パニックになっていて、何を言っても無理。一人アパートに住んでるのですが、家族が電話をしても、取りつく島がない状況でした。もう辞表を書いていると。

実は息子は小さいころから、環境の変化に弱く、新しい学級や、バイトを始めた頃もよくパニックになっていました。

いつも一定時間騒がせておけば、収まるのですがさすがに今回はダメかと覚悟しました。

夜になり、私が携帯でメッセージを約20通、送りました。

息子の面倒臭がりでややお金に執着気味の性格を考慮して、文章を考えました。

その20通に及ぶ内容は、会社を辞めるには大変な勇気とエネルギーがいること。欠勤したまま辞めていくのは、社会人として一番格好悪いこと。

必ず出社して上司に、退社の意思を伝えること。辞表は要らない、辞職願の伝票に記名、捺印して上司に渡せばよい。

必ず理由を聞かれるから、生半可な理由を答えるのはやめろ、貴方のパワハラと残業代が付かない労基法違反が原因ですと、面と向かってハッキリ言えと。本当にもう顔を合わさない覚悟ならそうしろ。

出来れば、本社の人事・総務に顔を出して、お詫びとお礼をいうこと。入社の時はお世話になったのだから。お前を雇うのに会社も時間とお金をかけているのだから。

明日は給料日だな、2回目の給料で終わりだけど、まあそれでも結構な手取りになるんだろ、たいして会社の役にもたっていないのに。ありがたいよね。

でも明日は、必ず出社して上司に「話があります」と切り出して、意思を伝えろ。辞職願の伝票は有休の最後の日付を退職日にすること。まあ頑張れ。

とうとうとメッセージを打っていると、ついに返事が。「やっぱり、まだがんばろうかな」と。

狙い通りだ。辞める手続きが面倒くさくなったのだ。返事を受け取ったあと、また連絡した。

世の中には人を口汚く叱ることを指導と思っている上司がまだいる。特に体育会系。上司の言葉の指導の部分は受け止めろ。口汚い部分は頭の中でスルーしろ。それもテクニックだ。それから返事はでかい声で「ハイ」と答えること。

体育会系は大きな声が好きだから。お前も小学生のときソフトボールで経験があるだろ。

なにもお前が憎たらしくて、叱ってるんじゃない。皆に同じように接してんだろ。そういう人なんだと割り切ること。

また「そうだね」と返事が来た。

どうやら次の日から2日続けて出社して、今は辞めたいとか言っていない。

今日、聴けば、休んだ次の日は上司は接し方が変って、腫れ物に触るような態度になったらしい。辞められては困るし、たぶんそうなるような気もしていた。

残業がつかないのは、息子の部署だけで、それでも40時間まではOKだそうだ。息子はブラックだと騒いでいたが、本当のブラック企業とは、外食産業のみなし店長の問題のように、16時間勤務させて残業代を支払わないとか、どう見ても労基法をスタート時点で破っているような会社だ。当然就業規則もないのだろう。

息子の会社は、アパートを借り上げて月7000円の寮費天引きで住まわせてくれている。それがない企業は自前で5~7万円何がしかのアパート代を払わなければならない。

残業代の規制もあるが、40時間はOK。それ以上にならないように早めに仕事を終わらせて帰ればよいのだ。周りが残っているから帰りにくいとか、あの上司に残業申請のために口を聞くのが嫌だから、只で我慢すると言うのはまちがっている。

同期の連中たちは皆、残業0の部署ばかりで、早く帰ってて羨ましいという。でも残業はあった方が収入は増えるぞ。

 休んだ次の日、先輩や他部署の上司がやさしく声をかけてくれたそうだ。ああ、また彼はやられてる。辞めなければいいがと、心配してくれたのだろう。

優しい人もたくさんいるとのこと。そんなこんなで、仕事もしてないのに手取りで結構な給料ももらって、もう現在は辞めるとは言わなくなっている。

 まあ、今の境遇を耐えたら、もう以降はどこに行っても怖い部署はないだろう。

 社内でも売り上げがなかなか上がってない部署で、上司からも一日でも早く戦力になってくれと言われてるらしい。それで力が入っていきなりトップギヤの指導だったのだろう。

次は夏のボーナスまで取りあえずがんばれと。息子の方は落ち着いたようです。

私の腕のケガですが、どうしても治らなければ、加工を委託することも考えています。アンプ作りを止めると、16台分のパーツが無駄になってしまいます。

やめないことにしました。

多忙とピンチで

この最近、ブログが止まっていました。

先週からずっと出張で、自宅にいませんでした。

おまけに、右腕の調子が悪く、どうも治りそうにありません。現在アンプの製作依頼を受けているのですが、依頼者様には申し訳なく思っています。

このまま腕が治らなければ、アンプ製作も終わりになってしまいます。どうも、そうなってしまいそうな雲行きです。

40代の初め頃にも、腕を痛めて、完治するのに3年かかったことがありました。3年かかっても治ってくれればいいのですが。

 更にはもっと最悪なことが。

就職して研修を終えた長男が、本配属になって3日目で、会社を辞めると言いだしたのです。

体調がおかしい、会社にいると吐き気がすると。上司が原因のようです。体育会系で叱り飛ばすことが、指導だと考えている人のようです。同じ職場にはストレスで耳が聞こえなくなった、先輩社員がいるとか、辞めていった人もいるとか。いわゆるパワハラ上司なのかもしれません。

おいおい3日で辞めるなよ。せめて3カ月くらい頑張れと言っても、もう無理だと。

ついに先日、会社を休みました。さあどうなることでしょう。

 ということで、この最近ブログとは離れていました。私も息子もいよいよ終りかもしれません。

また報告します。

2016年3月22日 (火)

花と小鳥

3月も下旬とはいえ、朝はまだ寒い。

8時台に犬と散歩にでると、人も少なく、自然の姿に目が行ってしまう。

 空を見上げる。真っ青な空だ。気温は低いが日が当たると暖かい。犬も気持ちよさそうだ。

 それから花を見る。梅は少し前に散ってしまったが、桜がちらほら花をつけている。

自宅玄関の横にちいさな梅の木がある。紅梅だ。満開のときには道行く近所の方が、きれいだと言いながら通り過ぎる声が聞こえた。

メジロが毎日数羽、決まった時間にやってきてくれた。盛んに蜜を吸っていた。きびきびと枝から枝に移りながら、花を選ぶ。ある程度時間がたつと、去っていく。

とても可愛い。

裏の梅の木は次男が卒園のときに苗木をもらって植えたものだ。何年か後に白い花がたくさん咲き、実がなった。この木には鶯が最近来てくれる。すでに花は散っているのだが、鶯は何の目的でくるのだろう。木の枝に止まっては、声を出す。自然界のちいさな生き物が、こんな間近にまで来てくれるのはとてもありがたい。

3日前は、まだ完全な鳴き声ではなかったが、今朝はホケキョと上手に鳴いた。

やがて桜が満開になり、新しい季節が訪れ、二人の息子たちは家を出ていく。

あと何回、桜を見ることができるのだろう。20回は無理だ。

毎年、悔いのないように、しっかり見ておきたいと思う。

2015年12月25日 (金)

2015年をふり返って その1

早いですね、クリスマスです。

何だかこの数年はしょっちゅうクリスマスイブを迎えているような気がします。

私はおそらく20年後はこの世にいないと思います。

 まてよまだ20年近く生きなきゃいけなのかな。15年経てば体のあちこちが痛くなり、毎日の生活がしんどくなるのだろうな。でも結構あっという間に、この調子でその日が来るのかも。

最近は電車に乗っても、私より若い人ばかりになった。ちょっと前まで、30代だったような気がしてるのに。

 明日は仕事仲間と忘年会。夏にもみんなで食事に行った。二次会のカラオケで、結構アルコールが回った私は、本邦初公開で、プレスリーの「アメリカの祈り」という曲を歌った。仕事仲間の前でこんな曲を歌うのは初めて。

ニューヨークのマディソンスクエアガーデンでのライブヴァージョンで歌った。実はもう2通りのバージョンでも歌える。同席していたのは年配の女性、年配の男性、私くらいの男性など6人。

このような曲を知っているひとはそういない。同世代の仲間が、私が歌ってる最中に、これはエルヴィス・プレスリーの曲だと説明していた。

南北戦争の歌。気を入れて歌った。静かなパートと熱唱するパート。声の出し方。緩急をつけて歌った。エンディングは、ほとんど雄叫びで終わる。

その日はそれで解散。後日電話で仲間としゃべるたびに、その日の私の熱唱のことを言われた。「すごい歌だったそうでうですね」「いっしょにいた○○さんが、すごかったと言っていました」

そんなことがあり明日の忘年会の件で電話があるたび、「歌ってくれるんですか」「ぜひお聴きしたいんです」「相当うまいそうですね」などと言われた。

それで明日、私は歌うのでしょうか。たぶん歌いません。4年に一度ですから。

2015年11月29日 (日)

再開します。

やっと、落ち着いてきました。深夜まで首っ引き状態も終わり、自分の時間ももてるようになりました。

この間、何名かの方から、陣中伺いのメールをいただきました。ご心配をおかけしました。

余裕ができましたので、ブログも再開します。

約二週間のブランクで思ったこと。まずは楽だった(笑)ということ。書きたいことはあるんだけど、まあ休んでるんだからいいかなと。

書いても、書かなくてもいい、というのは気分的に楽です。アンプ作りの方も、全くうっちゃってました。

こちらも楽でした。作業ができないからと完全に割り切っていました。でもオークションなどは、ずっと見ていたのです。

アマチュアアンプが出品されたら、必ずシャーシ裏の配線をみてました。うわ雑草伸び放題状態だなとか、すごく手馴れた、ハイレベルの引き回しだなとか。

実はその間、自分自身でもパーツの入札・落札を繰り返していました。

結局この2週間で真空管5本、パワートランス2個、チョークコイル1個、出力トランス2個を落札しました。そうそう真空管式歪率計も。

なんだ、時間あったんじゃないのという声が聴こえそうです。

 以前、旧いサンスイの電源トランスと三岡電機製のチョークを入手して807PPアンプに使用しました。

今回はさらに、外観のすごさではその上をいくトランス、チョークを入手しました。

前回のチョークと同じメーカー、三岡電機製作所の電源トランスとチョークです。電源トランスの電気的容量は前回のサンスイと殆ど同じ。ただ外観寸法はもっと大きいのです。

幅140×奥行150×高さ130mm。

Photo

これがその電源トランスです。鋳物の合わせカバーに「ヒカリ」の文字が。

Photo_2

こちらは前回の武骨、サンスイPT。これよりも今回のは大きいのです。

この新たにやってきたトランスと対峙したときに、トランスが私に語りかけてきました。

「やあ、やっと明るいところに出られたよ。45年ぶりだ。世の中、なんでも小型軽量化。
 オレの仲間たちは、古くて大きい物は用無しだからと、鉄くずとして処分されていった。おれも解体処分される予定だったが、誰かが箱に入れて隠してくれたんだ。相棒のチョークコイルと一緒にね。

 オレは今でも富田林の工場のことを覚えているよ。
 熱く溶けた鉄を鋳型の中に流し込んでカバーを作ってくれた人の汗を。太くて硬い銅線を、ゆっくりしっかり何重にも巻いてくれた人の腕の力を。

 オレを使ってくれよ、まだまだ十分働く自信はあるんだ。100Vを入れてくれればいくらでも電気は出せる。
 工場の人達が、そう簡単に壊れないようオレを作ってくれたんだ。頼むから解体しないでくれ。」

私は答えました。

「鉄心が積層された天面に、綺麗な銘板が貼られているな。赤いインクでHIKARIと書いてあるじゃないか。お前は大事につくられたんだろうな。
 私の元に来た以上は解体することはない。お前には昔と同じように、真空管アンプの中に入って、電源回路の中で働いてもらう。以前は10年も働いてないんだろう?

お前が搭載された真空管アンプは、完成したら世の中に出ていく予定だ。
 所有者がこの先変っても、これはいいアンプだから解体するのは止めておこうと、言われるくらいのアンプに完成させるつもりだ。

だから、どの所有者のもとでもしっかり働いてくれ。消えていった仲間の分も含めて、向こう50年は頑張るんだぞ」

電源トランスは黙って私の話を聞いていました。


Img_1646

そして現在、製作検討中のDA30シングルに採用しようかと、並べてみました。

すでに特注済のシャーシでは、小さすぎてNG。再度大きめのシャーシの発注が必要です。

でも外観の印象はブコツというレベルを越えてしまっています。まるで鉄道の軌道敷内に設置された、非常用モートル、あるいは予備変圧器のよう。いやいや機関車そのものにも見えます。

剛重、重厚、不動、堅牢、安定、何と表現すればよいのでしょうか。

アンプ製作依頼者の方には、このトランス、チョークを使うことを了承いただきました。塗装の色はどうしようか、レイアウトもとても悩んでいます。

実際の使用についてはまだ流動的です。違うアンプに搭載されるかもしれません。

2015年11月14日 (土)

しばらく 休みます

みなさん、お元気ですか。

私はと言えば、1週間のうち7日動いています。

月曜の朝から、出かけて、金曜日に帰る。場合によっては土曜の深夜に帰宅。翌日の日曜日の夕方からまた、出張・帰宅は週末というパターンが重なっています。

オークションで落札したものを確認できるのも5日後、ということも。

しかしながら、忙しいのはこの最近の11月から12月までなのです。

年末に入ればまた余裕が出てくると思います。

お願いですが、ブログ更新の頻度を下げることにしますので、心苦しいのですがご容赦ください。

 なんらかの動きがあれば、アップしますが、頻度は不確定です。

今の私の状況をお伝えします。遠く離れたホテルで夜中の2時まで、パソコンに向かっているのが、毎日の状況になっています。

どうか、更新の余裕ができるまで、しばらくお休みさせてください。

それでは、またお会いできる時まで、しばしさようなら。

2015年4月28日 (火)

50万

気が付けばこのブログのアクセス総数が50万回を超えています。

すごい数なのでしょうが、よく考えると、ブログにアクセスしたあとに、目指す記事を探そうと、いくつかの記事をザーッと読まずに飛ばしても、その記事の数もアクセスにカウントされてしまうのです。

なので実質的にはもっと少ないアクセス数だと思います。実質10万回かな。これも正確でありません。本当のところはわからないのです。もっと多いかも知れませんし、逆に少ないかも。

アンプ製作の記事は人気があって、アクセスも増えますが、最近では同じようなパターンが続いて面白くないような気もしています。

アクセスが増えるのは順調な内容より、失敗を繰り返して、ついには断念とか、先の展開が読めずにハラハラするときの方が多くなりますね。

6L6GAの塗装失敗の連続は、アクセス増えました。

 よし、これからは必ず1回は失敗談を入れようかな、なんてね。やらせ演出はよくないですね。

少し目先の違う製作も取り組みます。MCヘッドアンプや、メーカー既成ケースを利用したプリアンプなんかも。

引き続きご期待ください。

2015年2月24日 (火)

すごいアクセス

みなさんには、お伝えしていなかったのですが、このniftyのココログはアクセスのあった組織名がブログ管理人に通知されます。

個人の方はIDのみが分かるようになっているのですが、組織からアクセスがあった場合は、企業名や学校名などの団体名が私に通知されるのです。

すでに何百という団体のアクセスが分かっています。とてもありがたいことです。

昨日、信じられない組織のアクセスがありました。

米国海兵隊です。2度アクセスがあり、9ページの記事を閲覧されました。在沖縄の海兵隊ではないようです。米本土でしょうか。他国駐在でしょうか。

どの記事を見たかは、分からないのです。興味がありますね。

今日のこの記事を見られたら、コメントして何の記事が面白かったか、教えてほしいものです。

Dear members of United States Marine Corps

In which article on my blog were you interested?
Please draw the comment, and teach me.

2014年8月26日 (火)

別れのブログ

もう2年以上前のこと。

館林の方のブログの読者だった。彼は医師から前立腺がんの末期だと言い渡されて、ブログを始めた。年齢は私の一つ上。

彼はやはり私と同じくオーディオの趣味があって、全国にある「お寺の会」というオーディオ仲間の組織に参加されていた。

自作のアンプを持ち寄り、みんなが本堂で試聴するという活動に参加されていた。

私が読者になって1年近くたったころから、癌治療の副作用や痛みを訴えることが多くなった。腕のむくみがひどいとか、感覚がなくなったとか。

何回かもうブログは止めると宣言していた。でも数日後にまた書き込みがあって、安心したものだった。

それでもキット製作や、LEDを使用したVUメーターの製作など、オーデイオ製作は何とか続けられていた。そうすることで痛みを忘れることができるとのことだった。

 私もオーディオ関連のコメントをしていたが、だんだん、体が痛くないように、楽な態勢で静養してくださいとしか書けなくなった。

次の年の冬。何日か続けてブログを休んだあとに、ポツリと「痛いよう」という書き込みがあったりした。

そしてついに、ブログが途絶えた日が来た。常連の読者は5人くらいいたが、みな一様に心配をしていた。なにしろブログでしか音信はわからない。

1か月近く経って、やはり読者の方で、同じように癌の闘病されていたからコメントが着いた。

先日、病院にいったところ、ブログのあるじの方が亡くなったことを、病院スタッフの方から聞いた。とてもつらくてショックだった、という内容だった。

私はある夜、たまたま一人で自宅にいて、このコメントに気が付いた。そして悲しさに我慢が出来なくなり、声をあげて泣いた。

その方とのやり取りを思い出したり、その方が職場でも信頼されているといったことを思い出せば出すほど、涙が流れてきた。

恐らくブログの読者はみんな悲しんだと思う。重い病気の方のブログに接していると、こういう経験もさけて通れないことがある。

つらいことですけど。

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