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2015年11月

2015年11月30日 (月)

昔の電源トランス

先日紹介した電源トランス。

このトランスの二次側電流容量は250mAです。500V端子を使った場合でも250mAなら、350V端子で使ったら300mAは取れそうです。

これをDA30シングルに使おうと考えていますが、入手前まではラックスのトランスを使うつもりでした。

ところが、大きさが破格的で、そのまま入れ替えというわけには行きません。

よって私は、もう何通りものレイアウトを考えました。10通り以上になります。

その中で有力なのが、下の3通り

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残念ながら今回は昔電源トランスは採用せずラックスのものを使用。

昔チョークは採用で、サンスイ製の小型のものは使用せずとなりそう。

言えば、①の写真のチョークを、②の昔チョークに変更したデザインに。

今回は昔の電源トランスは出番なしとします。これはこれで、やはり807系統のトッププレート管のPPアンプに使ってやるのが、最適ではないかと思っています。

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横から見ると長いのです。150mmあります。横向きにレイアウトすると、このトランスがアンプの主役になってしまいます。


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正面に据えて、その長さを隠すのが一番。


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前のサンスイ武骨トランスと同様、リード線が、特にヒーター用のものが太くて硬い銅線です。またシャーシ内に端子台が必要です。

今度の週末、暖かければDA30シングルアンプ用のトランス類に塗装をしたいと思います。やっぱりアンプは作って、命を吹き込んでやるのが一番です。




2015年11月29日 (日)

再開します。

やっと、落ち着いてきました。深夜まで首っ引き状態も終わり、自分の時間ももてるようになりました。

この間、何名かの方から、陣中伺いのメールをいただきました。ご心配をおかけしました。

余裕ができましたので、ブログも再開します。

約二週間のブランクで思ったこと。まずは楽だった(笑)ということ。書きたいことはあるんだけど、まあ休んでるんだからいいかなと。

書いても、書かなくてもいい、というのは気分的に楽です。アンプ作りの方も、全くうっちゃってました。

こちらも楽でした。作業ができないからと完全に割り切っていました。でもオークションなどは、ずっと見ていたのです。

アマチュアアンプが出品されたら、必ずシャーシ裏の配線をみてました。うわ雑草伸び放題状態だなとか、すごく手馴れた、ハイレベルの引き回しだなとか。

実はその間、自分自身でもパーツの入札・落札を繰り返していました。

結局この2週間で真空管5本、パワートランス2個、チョークコイル1個、出力トランス2個を落札しました。そうそう真空管式歪率計も。

なんだ、時間あったんじゃないのという声が聴こえそうです。

 以前、旧いサンスイの電源トランスと三岡電機製のチョークを入手して807PPアンプに使用しました。

今回はさらに、外観のすごさではその上をいくトランス、チョークを入手しました。

前回のチョークと同じメーカー、三岡電機製作所の電源トランスとチョークです。電源トランスの電気的容量は前回のサンスイと殆ど同じ。ただ外観寸法はもっと大きいのです。

幅140×奥行150×高さ130mm。

Photo

これがその電源トランスです。鋳物の合わせカバーに「ヒカリ」の文字が。

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こちらは前回の武骨、サンスイPT。これよりも今回のは大きいのです。

この新たにやってきたトランスと対峙したときに、トランスが私に語りかけてきました。

「やあ、やっと明るいところに出られたよ。45年ぶりだ。世の中、なんでも小型軽量化。
 オレの仲間たちは、古くて大きい物は用無しだからと、鉄くずとして処分されていった。おれも解体処分される予定だったが、誰かが箱に入れて隠してくれたんだ。相棒のチョークコイルと一緒にね。

 オレは今でも富田林の工場のことを覚えているよ。
 熱く溶けた鉄を鋳型の中に流し込んでカバーを作ってくれた人の汗を。太くて硬い銅線を、ゆっくりしっかり何重にも巻いてくれた人の腕の力を。

 オレを使ってくれよ、まだまだ十分働く自信はあるんだ。100Vを入れてくれればいくらでも電気は出せる。
 工場の人達が、そう簡単に壊れないようオレを作ってくれたんだ。頼むから解体しないでくれ。」

私は答えました。

「鉄心が積層された天面に、綺麗な銘板が貼られているな。赤いインクでHIKARIと書いてあるじゃないか。お前は大事につくられたんだろうな。
 私の元に来た以上は解体することはない。お前には昔と同じように、真空管アンプの中に入って、電源回路の中で働いてもらう。以前は10年も働いてないんだろう?

お前が搭載された真空管アンプは、完成したら世の中に出ていく予定だ。
 所有者がこの先変っても、これはいいアンプだから解体するのは止めておこうと、言われるくらいのアンプに完成させるつもりだ。

だから、どの所有者のもとでもしっかり働いてくれ。消えていった仲間の分も含めて、向こう50年は頑張るんだぞ」

電源トランスは黙って私の話を聞いていました。


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そして現在、製作検討中のDA30シングルに採用しようかと、並べてみました。

すでに特注済のシャーシでは、小さすぎてNG。再度大きめのシャーシの発注が必要です。

でも外観の印象はブコツというレベルを越えてしまっています。まるで鉄道の軌道敷内に設置された、非常用モートル、あるいは予備変圧器のよう。いやいや機関車そのものにも見えます。

剛重、重厚、不動、堅牢、安定、何と表現すればよいのでしょうか。

アンプ製作依頼者の方には、このトランス、チョークを使うことを了承いただきました。塗装の色はどうしようか、レイアウトもとても悩んでいます。

実際の使用についてはまだ流動的です。違うアンプに搭載されるかもしれません。

2015年11月14日 (土)

しばらく 休みます

みなさん、お元気ですか。

私はと言えば、1週間のうち7日動いています。

月曜の朝から、出かけて、金曜日に帰る。場合によっては土曜の深夜に帰宅。翌日の日曜日の夕方からまた、出張・帰宅は週末というパターンが重なっています。

オークションで落札したものを確認できるのも5日後、ということも。

しかしながら、忙しいのはこの最近の11月から12月までなのです。

年末に入ればまた余裕が出てくると思います。

お願いですが、ブログ更新の頻度を下げることにしますので、心苦しいのですがご容赦ください。

 なんらかの動きがあれば、アップしますが、頻度は不確定です。

今の私の状況をお伝えします。遠く離れたホテルで夜中の2時まで、パソコンに向かっているのが、毎日の状況になっています。

どうか、更新の余裕ができるまで、しばらくお休みさせてください。

それでは、またお会いできる時まで、しばしさようなら。

2015年11月11日 (水)

出張風景 2題

先週は、鹿児島県の頴娃町(えいちょう)に行ってきました。

頴娃町は鹿児島半島の開聞岳と枕崎の間にある町。宿泊した旅館から、鹿児島の西に沈みゆく夕日が、綺麗に見えました。

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手前にある建物は「タツノオトシゴ博物館」で、人口の繁殖にはじめて成功したところです。

 

そして今週は、大阪、名古屋、東京新宿と移動。最終の土曜は横浜の予定。

名古屋で歩いて移動中に面白い会社を発見。

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株式会社 電音システム。中をのぞくと受付にインターホンが設置してあり、それから奥は見えなくなっていました。

何をしている会社でしょうか。場所は名古屋市の高畑でした。時間があれば中まで入ってみたかったのですが。そのまま素通りして、目的地へ行きました。

確かに気になります。

2015年11月10日 (火)

いいものを落札

昨日、オークションでいいものを、というか欲しい物を落札した。

いいものかどうかは、現品を見ないとわからない。

でもひと目見て欲しくなったものだ。

物はこれ。

Photo


何だと思いますか。信和通信機製の「真空管式歪率計」。

昭和40年代の機械。信和通信機は当時無線機をどんどん出荷していて、工事現場など業務用で重宝したらしいのです。

但し残念ながら、この企業は1990年代に倒産しています。

さてこの計器、ジャンクです。通電試験もしていない。使用真空管は4本。恐らく整流はダイオードかも。現状は12AU7が2本欠品しているそうです。

メーターの枠にヒビが入っています。あれこれいじって、何とか現状で動作状態まで復元したいと思っています。

方法は、まず現品を見ながら、回路図を起こす。

見当をつけて通電。信号を入力して、オシロで様子を見る。

実際に歪を測定して、手持ちの歪率計との整合を確認。

 もし、スイッチ系の機構部品が完全にいかれて、どうしようもないなら、ケースを利用して、新たに歪率計を製作。

メーターも、手持ちに視認性のいいものがあります。

 動作品になったら、アンプ自作されてる方にプレゼントか、オークションに取説を作成・添付して出品。

 但し、真空管式は測定時の微調整など、操作者に器用さを要求します。

味があっていいですね。今週は9日に家を出て、14日深夜まで帰りません。

 大阪、名古屋、東京、横浜とホテル暮らしです。この土日はDA30アンプは、おあずけでした。年内できるかどうかです。

2015年11月 9日 (月)

復活

管球式アンプで音楽を楽しんでらっしゃる方。

最近システムの音に元気がないような気がする、など不満や心配を感じていませんか。

そういえばもう10年近く、球を交換してないなあ、という方もいらっしゃるのでは。

例えば、プリアンプに国産の真空管をたくさん使用している場合。

思い切ってこれらのMT管を海外製に交換してみるのです。GE社や、シルバニア、レイショーンの物に。

あっというくらい、音が元気になります。

 もちろんパワーアンプの初段管も交換対象です。しらないうちに球は劣化しているものです。

思い切って実行してみてください。アンプを変えたくらいの効果がありますよ。

2015年11月 8日 (日)

独裁者

皆さん、私が最も尊敬する俳優である、チャールズ・チャプリンが彼の創った映画「チャップリンの独裁者」の中で行った5分間の演説をご存じですか。

彼は兵士に向かって呼びかけています。兵士を国民に換えて聴いてください。

今の日本に最も必要な政治的、人間的、文化的、平和的エッセンスが詰まっています。

ひとつひとつの言葉に真実と勇気が込められています。

国民の声を無視して、日本を独裁政治で縛っている政治家にも聴いて欲しい演説です。

ではどうぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=0bOLrMGKkfk

2015年11月 7日 (土)

諸塚村

12月4日に仕事で諸塚村へ行ってきました。モロツカソン?どこそれ?となりますよね、通常。

正式には宮崎県東臼杵郡諸塚村といいます。西隣が椎葉村。

仕事の内容は、村内で栽培している椎茸の生産に関する調査です。まあ、分かりやすく言えば、村内の原木に菌を植え付け、取れたものを、正しい管理方法で出荷しているかどうかの、調査です。

諸塚村は私の自宅から車で片道3時間20分。熊本県の御船インターで高速を降りて、あとはひたすら九州の真ん中にある村を目指してひた走ります。

当然山道なので離合できない道幅のところもあります。往きはよいのですが、復路はヘタをすると日没に引っかかってしまいます。何とか日没までに熊本の御船インターまで戻ろうと必死でした。

諸塚村の方々と椎茸の話をしているととても興味深いのです。収穫の時期により傘の開き具合が違って、その形状から10数種の呼び名があるそうです。

「どんこ」というのはまだ傘が開いてない小さな段階に収穫・出荷するものを言います。そういえばスーパーに置いている椎茸もいろんな種類があるなあと。

傘が開ききって乾燥して袋に入っているものや、やや中くらいのものや、生のものなどいろいろ。

帰りもあるので、仕事は3時頃で切り上げ出発。

山道はがけ下に大きな川やダムが見えます。川の向う岸には民家がポツリ。渡し舟がないと行き来できないんじゃないかな。まさしく桃源郷です。

途中の椎葉村では「椎葉平家まつり」ののぼりが道沿いに立っていました。そうでした。椎葉や諸塚の方々は平家の末裔の方がたです。

 ここで平家の話をひとつ。「驕れる平家は久しからず」と言いますが、実際に平家の時代は何年続いたと思いますか。

①66年、②46年、③26年。         

1159年「平治の乱」で平清盛が勝利を収めてから、時代が始まったと考えてよいでしょう。清盛は自分の娘を高倉天皇の嫁にして、その子・安徳天皇にこの世を納めさせようとました。

当然ながら、平治の乱の以前から源氏は、対立関係にあり、何とか平家を倒そうといろいろな戦をしかけました。平家を恨んでいた勢力は地方にたくさんいました

源義経と頼朝が1180年代に台頭し、それらの勢力を取りこみながら、ついに源氏軍は四国・香川の屋島に平家を追い詰めました。1185年2月の話です。

 しかしそう簡単には陥落せず、しばらく膠着状態が続いたようです。

ある日、平家側から一隻の船が沖に出され、その船には扇が取りつけてありました。源氏の兵にこれを射ることができる者がいるかどうか、試そうとしたようです。ここで登場したのがかの有名な那須与一です。膝まで海につかり、揺れる舟にめがけて矢を射れば、見事的中。

戦のさなかにも、こんな余興ができるとは、昔の日本人も風情があったものです。

さて屋島では決着がつかず、さらに平家は瀬戸内海を西へ逃げ、同じ年の3月下関の壇ノ浦で最後の合戦となりました。当初は持ちこたえていた平家もやがて力尽き安徳天皇は入水、このとき7歳。多くの平家の家臣、家来たちは海の中に投げ出され、沈んでいきました。

よって先ほどのクイズの正解は ③26年です。

平家の家臣たちがみな、この戦で亡くなったかというとそうではありません。壇ノ浦にいなかった家臣たちはてんでんばらばらに、源氏の追手が来ない場所まで逃げました。やはり当時の隠れ場所は山奥です。平家の落人が入植した場所は各地にあります。

九州の山奥に逃げ込んだ人びと。通常なら阿蘇まで逃げれば大丈夫かなとも思うのですが、やはり気が気ではなかったのでしょう。阿蘇を更に超えて、椎葉、諸塚という九州の真ん中の山奥まで逃げてひっそり暮らしていたのです。

感心するのは、着の身着のままで山奥に逃げて、そこに衣食住の生活基盤を築いたということです。

平家一族はやはり強いです。来年も諸塚村へ行きます。今度は一泊しようかな。

声明文

2015年11月6日にシールズが

「辺野古新基地建設をめぐる一連の政治的手続きに関する抗議声明」 を発表しました。

その文章を読んでみました。感じたのは、過不足なく理路整然とした、大人の文章だということ。

彼らはかなり優秀なのでしょう。

このようなレベルの高い文章は、あの頭のよろしくない政治家にはとても書けないでしょう。

パンツドロややくざの友達が彼のお仲間。早く消えてほしいな。

音量差

プリアンプを触っていて思うのは、CDプレーヤとアナログカートリッジからの音量差の激しいこと。

前者の再生時、我が家のプリは7時の位置から、時計方向へ3クリック回して概略8時半の位置で十分な音量となる。

後者はぐっとボリュームを回す必要が在る。11時の位置だ。

CDの入力にVRを入れようかと考えたことがある。でもプリにそのスペースがない。

現在のイコライザは6DJ8を1本で構成したCR型。双三極管2つの間にイコライザ素子が挟まれている形。

これをSRPPにしてもう1本6DJ8を追加することも考えた。単段増幅とSRPPでは約1.5倍に増幅度が増える。これが2本なら2.25倍。約7dBの増加となる。

でも7dBでも追いつかない。

しかも、プリに穴を追加工して、再度配線し直すのは、大変な労力。

昔なら勢いでやってしまったかも知れないが。よって前者のVRの追加が現実味を帯びる。これなら金具を使えば、プリの追加工はφ3穴が2個で済むかも。

いつかやらなきゃね。

2015年11月 5日 (木)

真空管試験機は

手もとにありません。

一時期、欲しくなってオークションで監視していたことがあります。

 原理として、「グリッドを全て接続して、どのくらい電流が流れるのか」と「実際にgmを測定する方法」などがあるようです。

 そして入手した後のことをシミュレーションしてみました。数字を極端に気にする私は、例えばGOODの領域でもぎりぎり入っているものと、余裕で入っているものを考えると、余裕の物しか使わなくなってしまうと思います。

たくさん持っていても、限られたものしか使わない。→ 物入れに不動在庫がたまるだけ。

ということで、球の素性は知らない方がいいだろうと。

ましてgmが素晴らしくても、実機でノイズを盛大に発生させるものも、もちろんあります。

なので、真空管試験機はおそらく所有しないと思います。

2015年11月 2日 (月)

エージング

エージングとはよく言ったもので、KT88アンプも日増しに音が良くなってる。
キレイで、情報量が多い。近代ハイファイアンプだ。

JJと言うメーカーをバカにしていた、フシが あったが、見直さなければならない。東欧の芸術性に育まれた音といえばいいのでしょうか。

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オークション出品が楽しみです。

   ところが、ついに仕事がパンクしそうに。休みも関係なく 書類作成が必要。どうなるんだろう、私のオーディオ生活。私の生活。

このままの状態で60代も過ぎていくのでしょうか。目も見えなくなっているのに。

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