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2014年5月

2014年5月24日 (土)

再編が始まった秋葉原

23日は出張先の盛岡から帰宅のために、東北新幹線、航空機を利用しました。

予め秋葉原へ寄ることを考えて航空券の時間を少し遅くしていたのです。

秋葉原へは1時間程度寄ってきました。

悲しい出来事がありました。いつもSP端子(@100)と松下製のフィルムコンデンサを買っていた「国際ラジオ」が閉店していたのです。ショックでした。

 国際ラジオはJRの高架下にある集合店舗の中にあり、2つの通路に挟まれた作りでした。つまり入口は2つだったのです。

手前の通路側からは完全にシャッターで閉鎖されていました。もう一つの高架よりの通路はもう通路ではなくなっていました。つまり通路部分も含めて改築されて他店の店舗になってしまっていました。

以前の通路の位置から入ろうとしても、そこはすでに他店の入り口で中は照明関係の製品が展示されていたのです。

 

前はその通路から入ってビルの狭い階段を2Fへ上がると、「いらっしゃいませ、ご主人様」系の小さなお店が何件かあったのですが、それらもろとも立ち退いたのでしょうか。

国際ラジオで買ったもの。先ほどのパーツ以外に、ルビコンの電解コンデンサ(ここにしかなかった)、MT管用の9P・7Pソケット(これは安くてありがたかった)、5W小型ホーロー抵抗(200Ω・300ΩなどMT出力管のカソードに持ってこい)、5KΩ程度のバイアス回路用半固定ボリューム)。などなど。

ああもう手に入らないんだと思うと途方にくれます。SP端子はもうアンプ4台分しか手元にありません。

ほんとうのジャンク屋でした。30年以上展示されて(放置されて)いたと思われる部品たち。埃だらけで手で触るのもためらわれるものがたくさんありました。お店の売り場面積の多くはガラクタ置き場になっていました。

 もうありのままを書きますが、ご主人の服はずっと洗濯されていなかったようで、支払いのときに近寄ると異臭を感じるほどでした。

 まあ、あの駅前の場所で、毎日の売り上げも少なかったようで、収支がどうだったかいまとなっては不思議です。家賃は昭和の時代から不変だったのかもしれませんね。ここにきて賃上げの要求がきたのかも。

 夥しかった商品達はどこかが二束三文で買い取ったのでしょうか。これからでしょうか。1個1円セールをするなら参加したいものです。

私が店主なら、オーディオに特化した新しい部品の商売(もちろん私による情報提供サービス・使用後の感想あり)と中古品は整理(いる物・いらない物の仕分けと廃棄)して、商品価値のある物だけを残して、中古販売コーナーを設けます。そしてマニアがあそこは寄らなければという、お店にすること。

 森ビル・ラジオデパートの海神無線によったときに、マニアが継続的に立ち寄るのをみて、経営の方向性と経営努力はやはり大事だと感じました。

この日は、門田無線でツマミ3個、ロータリーSW、海神無線でホーロー抵抗取り付け金具、奥澤でOシリーズシャーシを1個買って帰りました。

実は次のアンプの製作を考えています。DA30はそのうちです。

2014年5月19日 (月)

ついに敗退

息子のサッカーチームは18日にトーナメント一回戦に挑みました。

北九州地区のシード校が相手でした。

終盤まで互角でしたが、カウンターで責められゴールを許してしまいました。

 

オフサイド気味の大きなパスにやられました。たぶんオフサイドだったと思います。先進はそう判定はしませんでした。

やがて終盤もノータイムになりあとはロスタイムのみとなりました。

息子のチームは何とか追いつこうと、キーパーも上がって攻めましたが、やはりまたカウンターで追加点を許し万事休す。

この瞬間3年生の引退が決まりました。

次男は2年生でまだ、来年があります。3年生の中には泣いている顔もありました。しばし放心状態でしたが、最後にみんなで集合して記念写真を撮ろうということに。

お疲れ様でした。3年間サッカーに打ち込んだ彼らは、素晴らしい経験をしたことでしょう。

この春先から、県大会の予選リーグ、そして県大会出場とよく頑張りました。我我父兄も、一生懸命応援する楽しさを味あわせてもらいました。

最期、整列した彼らに父兄は惜しみない拍手と「お疲れ様」の言葉を掛けました。私は夢を見せてくれた3年生たちに、「ありがとう」と声をかけました。

さあこれから受験です。次男の学校は公立の進学校なのです。近い将来それぞれの道に進み、また久しぶりに母校で顔を合わせた彼らは、酒を飲んだりするのでしょう。

いやあ青春っていいですね。ありきたりの言葉ですが。

2014年5月17日 (土)

70年代 ジャズ YOU TUBE

本日、次男の学校が高校サッカー福岡県大会において、一次リーグ(8パートあり、1リーグ3校)を1位で勝ち抜け明日からのトーナメントに進みます。

トーナメントは全部で24校。シード校は東福岡をトップに強豪16校が、予選を経ずしてエントリーされています。

その中に地道に一次リーグを勝ち上がった8校が加わり、5月18日から熱戦が繰り広げられます。

次男のチームは今日の一次リーグ決勝で、終盤チームメイトがイエロー2枚で退場になり(おかしな判定をする主審でした)、一人を欠きながら0-0で引き分け。PK戦で辛くも勝ちました。

トーナメントのシード校はちょっとやそっとでは公立の普通校には勝てない相手ばかりです。まあ、よくここまで勝ち上がったものです。あとは胸を借りて思い切りやるだけでしょう。結果はどうであれ、全力を出して欲しいものです。

というわけで、今日も直射日光とホコリを浴びて疲れました。

 夜、ジャズの動画を捜していたら、結構70年代の生演奏でビッグネームたちの画像が登録されています。

50年代に若い全盛時代を誇ったアーチストたちが、70年代に50歳台になって渋い演奏を残しています。

今夜みたのは、ジョー・パスとエラ・フィッツジェラルドのデュオ。1975年にハノーヴァーでの演奏の画像を見つけました。「You turned the tables on me」と「Cry me a river」の2曲。

じっと見ていると、このベテランの実力と魅力が伝わってきます。ジョー・パスはネックを少し立てた形で一心に指を動かします。ヴァーチュオーゾとはよく言ったもんです。

エラは衰えていません。ルイ・アームストロングとヴァーブに吹き込んだアルバムの頃とそんなに変わらないのです。しっかりとしっとりと、ときに力強く、うまいなあと感心させられます。

 

ひとつの楽しみができました。この頃のジャズジャイアンツ達の画像をひそかに見つけては一人でじっくり見る楽しみ。

ウィントン・マーサリスのこの10年以内のライブもありましたが、途中で見るのをやめてしまいました。Don't show off (テクをひけらかすな)とつぶきながら。

皆さんも、是非70年代の画像をお探しください。

2014年5月13日 (火)

片づけました

DA30アンプは、いつまでもひっくり返してハラワタを見せたままだったので、中にホコリが積もり始めてしまいました。

どうせ作業はしないので、手書きの回路図や実態配線図をシャーシ内に押し込めてその上から底板を取り付けて、作業台から降ろしました。

部屋の隅に置いたら、久しぶりにシャーシの上面が見えて、なかなかかっこいいアンプだなと再認識。

しばらくこのままにして、その気になったらまた台の上に上げます。上からエアキャップを被せておきました。

 

このアンプは半年以上、へたすると2年くらいこのままかもしれません。

DA30という真空管は何かの呪縛がかかっているのかもしれませんね。どうにもここから先の作業をしようという気持ちが起きないのです。

実は次なるアンプのことを考えています。こちらに着手してしまうと、いよいよDA30の音を聴くことが遠のいてしまいそうです。

2014年5月11日 (日)

止まったまま

DA30アンプ。三日前に、ソケットの取り付け方向を変更しました。でもそこから進展していません。
昨日は次男の、サッカー県大会の一戦めの応援に、北九州まで出かけました。実力的に下の相手だったので、2-0で勝ったのですが、物足りない結果でした。5点取ってもおかしくない相手でした。チームのクセとして、相手のレベルに合わせてしまう傾向があります。強豪校にもそれなりに、食い下がりいい試合をするのですが、逆の場合でも合わせしまいます。

次の試合がやや不安です。

さて、直射日光の下、紫外線やホコリに、結構な時間さらされてると、疲れてしまいます。
それでアンプも触らず。いっそのことキットで出品しようかなと、不埒なことも考えてしまいました。

本当にはんだごてに触ろうという気が起きないのです。まあ、もうしばらく放っておきます。

2014年5月10日 (土)

ゲロの匂いとはね

赤霧のお湯割りを飲んでたら、大学3年の長男が「うわ、くさい。ゲロの匂いがする」とのたまいやがった。

学生仲間と焼酎を飲み過ぎて、自分が吐いたゲロの匂いが強烈だったようです。

食卓の私の赤霧に向かってゲロの匂いだと。

実は私も同じような経験があります。それは今から38年前のこと。

九州南部の大学の工学部に入学した私は、学科の先輩たちに、新入生歓迎コンパを開いてもらったのです。

霧島という焼酎。今は霧島もバリエーションが増え、黒、赤、金、そして昔からあった白(透明)。

昔は今で言う白のみでした。一升瓶が600円。20度の芋焼酎です。

 

コンパでは、順に新入生が、車座の真ん中に出て、「オーッス」から始まって自己紹介をします。出身校から、趣味、特技など。途中先輩が突っ込みをいれます。

失敗するたびに、紙コップの焼酎を一気のみさせられました。今から考えると恐ろしいことです。なにしろ救急車が大学のコンパのたびに出動要請されていました。

私も自己紹介で前に出ました。失敗を繰り返し、コップで5杯程度飲んだような気がします。なんでもないやぐらいの気持ちでスイスイ飲んだのです。

終わった後自分の座ってた場所に戻りました。そこからが大変でした。頭がぐるぐる回り始めて意識を失いました。殆どすきっ腹で、かっぱえびせんを少し食べてたくらいです。

前後不覚になって気付けば、翌日の朝で寮の大広間に寝かされていました。しこたま吐いたようで、極度の宿酔い。吐きたくて吐こうにも胃液しか出ません。

その日は一日ダメでした。なんとか回復したのは4日目でした。

その日から霧島は、匂いをかいだだけで、素面の状態でも吐き気がしました。

春のコンパからずっと焼酎だけは近づけないようにしていました。

 

やがて冬がきて、寮の先輩に近くの学生相手の居酒屋に連れて行かれました。

霧島ストレートの燗が目の前に置かれました。覚悟を決めるしかありません。匂いに気圧されながら、ひと口含みました。でもすぐには飲み込めません。

10秒くらい迷ったあと、決心してゴクッと喉の奥に流し込みました。

特になにも起こりませんでした。じわじわと酔いがまわり、先輩としゃべり始めました。

私は当時、今でいうはじけた男でした。九州の地では、私のやること、なすことが面白かったみたいで、みんなから、面白がられ、かわいがられました。

 

 その行きつけの店では、霧島20度のストレートをガラスコップになみなみと注いで燗をつけてもらって、1杯70円。いつもこれを3杯。あとはつけものやおでん等を適当に皿にいれてもらって、500円以内でおさめていました。

ある夜、教育学部で柔道部の先輩が、焼酎をグラスで5杯飲んだら、その分俺がおごってやるぞ、と提案してきました。

私ともう一人、一年生が同席していましたが、彼は辞退。で私はもちろん、提案を受け入れました。5杯飲んでも崩れない私を先輩は、悔しそうにみていました。

アルコールに関しては私はある説を確立しました。これは誰に伝えても、ある程度納得してもらえています。

それは「酒は毎日飲んでいると強くなり、あまり酔わなくなる」 というもの。

九州南部では焼酎を飲まない男は今でも相手にされません。それも現在では変ってきているのかなと思いますが。

 

現在では芋焼酎もおしゃれになり、市民権を得ています。赤霧島という柔らかくて口あたりのいいものや、屋久島の三岳などは、いい味だなと思います。

お湯で割ると確かに匂いは周囲に充満します。それを避けるにはロックで飲むこと。これもおいしい。コツはよくかき混ぜて、氷と焼酎を一体化させ溶け込ませることです。

息子よ焼酎を真面目に飲んでみろ。決してゲロの匂いじゃない。ゲロはお前の胃液の匂いだったことがわかる。

今回は少し、下品なネタでしたが、お許しを。

2014年5月 6日 (火)

上には上が

昨日、今日と作業台の上で、ハラワタを上に向けているアンプには手を触れませんでした。

 これでいいのです。ずっと放っておくと、そのうち触りたくなるものなのです。
それでこの2日間は、次男の高校のサッカー応援に行きました。息子の高校は福岡県大会への出場を決めています。一部リーグで7チーム中2位。1位チームとは4勝1敗1分けで並んだのですが、得失点差が1点で2位になりました。一位のチームには直接対決で勝っています。
 このリーグで4位以上は県大会に出場できるのです。まだ下には二部リーグ、三部リーグもあります。
なので5月10日から始まる県大会に向け、猛練習&強化試合を繰り返しています。
福岡県の全国大会代表校と言えば、知っている方は東福岡高校の名を上げると思います。
東福岡高校のサッカー部は160人いるそうです。全国のあちこちから、この学校のサッカー部に集まってきています。
各地方で中学時代に活躍し有名になった子たちが集まります。それでもそう簡単にA戦に入れません。
A戦というのは野球で言えば一軍です。B戦は二軍、C戦は三軍に該当します。
なのでこの学校のA戦は超エリートの集まり。B戦もしかりです。
次男の高校のサッカー部は60人程度。ここのA戦と東福岡のA戦ではかなりの実力差があります。普通の地方大会では東福岡はB戦が出てきます。A戦はどこかに遠征してよその強豪校と戦っています。
先般、東福岡のB戦と結構強いと言われる地元の公立高校のA戦が練習試合をしたのですが、大差で負けたそうです。
そして昨日、息子のチームのA戦が、東福岡のC戦と練習試合をしました。息子は2年生で後半から登場しましたが、C戦には1-0で勝ちました。
相手がC戦とはいえ、これは結構価値あることだと思います。
 そして今日も他県から遠征にきているチームと戦いました。いずれも県下でベスト8に入っている高校です。でも負けませんでした。
3年生4人で固めたDFが鉄壁です。そう簡単にはゴールを許しません。なので心強いのです。逆に来年が心配です。
さあ10日からが楽しみです。サッカー三昧が終わったらまた、半田ごてを握りたくなると思うのです。今年はやってくれそうです。

2014年5月 4日 (日)

だめです。重いスランプが来ました

DA30アンプ。機構部品も全てそろえました。

Img_0439
この写真をよく見てください。端子台左右2個分を金具に取り付けています。端子台の端子数は4個。各端子には出力トランスの二次側から、4,6,8,16Ωのリード線をつなぎます。そしてSP端子からY字端子が着いたリード線をもってきて、希望のインピーダンスの端子を選んでネジで固定します。
この端子台はインピーダンス選択端子の役目をはたしているのです。
一番右の端子は16Ω。ここにNFB抵抗をつなぎます。1P1Lのラグ端子を立てて取り付けると場所をとってしまいます。よってこの写真のように、小型ラグ端子の不要部を利用し、平ラグを作りました。右下の端子部から、金具をひとつ取って左下の端子のよう角穴を丸穴に拡大し、端子台とりつけネジと共締めしました。芸が細かいでしょう。
さてここまでやって、実態配線図を描いたら、現在取り付けているメタル管用のソケットは4個全て180°ひっくり返したほうが配線しやすいことがわかりました。
しかしながらここまできて、取り付け変更ができないのです。とてもおっくうなのです。
いよいよスランプが来ました。順調だったのですが。
そういえば昨日は庭の草むしりと物入れの段ボール類の廃棄、犬のシャンプーとよく動きました。
そして夜は学生時代の友人と天神で、焼き鳥を食べ、焼酎のロックを結構飲んだのでした。
疲れていますね。こんな時のスランプ解消法は、やはりアルコールを体内に取り込むこと。
すると元気になり、動いてしまうのです。さて飲もうかな。いややっぱり明日にしようかな。迷うところです。   
ウッチーさんのブログのB級サキソフォングルメの「Just in time」を聴いて寝ようかな。

2014年5月 3日 (土)

DA30シングルアンプ⑧ 機構部品の加工終了

金具類を3種加工しました。

ブロックコンデンサ取り付け用とSP用端子台取り付け用、そしてホーロー抵抗・ブリッジダイオード取り付け用の3種。
加工してシャーシ内に組んでみました。全てうまく行く自信があったのですが、1か所ホーロー抵抗を縦に2本取り付ける部分、下の抵抗が整流管ソケットに干渉して当たります。気が付きませんでした。
Img_0436
また追加で金具を作り手を打ちます。これがシャーシ裏です。OPTのリード線たちが大変です。カットして束ねます。このカットは勇気がいりますよお。分かっている方はわかっていると思います。
そしてパーツたちの写真です。抵抗はアーレン。ブラッドレー:通称A&Bをメインに使います。
殆ど新古品ですが、値がすでに10%以上オーバーしていたりガッカリです。なんとか正規の値に近いものを選びました。音はいいのですが、使用しているうちに値が変るのでは、真空管の動作条件が狂って特性が変ります。
 ましてデカップリング回路には使えません。現行品は改良されているのでしょうか。
Img_0435
カップリングコンデンサは茶色い国産の箔フィルムコンです。スプラグブラックビューティーの中古品よりも信頼性が高く、音もなかなかです。この部分のコンデンサが絶縁破壊を起こすと大変です。DA30がオシャカになってしまいます。
 過去何度となく中古品を使い痛い目に遭ってきました。この国産品の絶縁性は大したものです。絶縁計で測っても針が動きません。無限大を維持したままなのです。
GW中に完成に持っていきたいところです。
明日の夕方、学生時代の友達が、帰省を終えて福岡から金沢に帰ります。天神でバスに乗る前に食事しようということになりました。博多はどんたくがあるのかな。
すみません。根っからの九州人じゃないので、あまり興味がないのです。

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