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2014年2月12日 (水)

大座談会

浅野勇氏が著した「魅惑の真空管アンプ 下巻」の巻末に座談会の模様が記載されている。1975年7月7日のこと。

出席者は浅野勇氏、伊藤喜多男氏、森川忠勇氏(オーディオ専科)、安斉勝太郎氏(ロダン国産300Bを生産)の四名の方々。

真空管のこと、アンプのこと、ああでもないこうでもないと、どう見ても主役は伊藤喜多男氏のようだ。

伊藤氏の発言に次のくだりがある。私はこのくだりが大好きなのだ。

伊藤: 「しかし何ですね。ああでもないこうでもないと言って、この球にはこの整流管がいいんだとか、この整流管にはこの球がいいんだと言うんだけど、特性上だけでなく並べてカッコがいいという、これがまた何とも言えない味があるわけですね。

 だからアンプは、私がいつも書いてる通り、鳴らすもんじゃないというんですよ。眺めるもんだというんです。

そして、眺めて”いいカッコだな”と思うのは必ずいい音がするからね。間の抜けたアンプにロクなのはない。(笑い)

”いいカッコだねぇ”といって、鳴ると”見ただけでいいのに音が出てくれるヨ”っていうことになる。(爆笑) 安斉さん、バカだっていわれるかもしれないけど」

安斉: 「バカなことないです。それはもう見てすぐわかります」

伊藤: 「並べてプロポーションをためつすがめつ眺めてね。この四人は眺めていると思いますが、それから音を聞いてね、音を聞いてから眺めやしないものね。眺めててうれしくてしょうがないね。中ではポーッとお線香がついてくれるしさ。

あれで音が出てくれるんだから、よけいありがたいんだよ。逆なんだよ。(笑い)」

とても楽しい座談会なのです。この続きを知りたい方はこの本を入手されてください。

伊藤氏は90才で、誰にも頼らず一人暮らしを続けていらして、ご自宅で背をまっすぐに伸ばしたまま座卓で亡くなられていました。自分の美学、酔狂の限りをつくして天寿をまっとうされたかた。

森川忠勇氏はこのとき、追悼文に「先生、おみごと!」とその美学の終焉をたたえました。

この座談会は今から39年前。私がアンプを作り始めた80年代後半に読んでもピンときませんでした。2005年にまた読んで少し理解できた感じです。そして2010年、2014年と読み直したとき、伊藤喜多男氏の言葉、心が全て自分にすっと入ってきました。

直接お話をきいたことはありませんが、伊藤氏はおそらく新米者にはこう言いたかったに違いありません。

「人に聞いてばかりじゃだめだ、自分で作ってみろ。そして何度も失敗して、何度もカスをつかまされて、勉強していくんだ」

90才まであと34年。先達の足元に辿りつけるかわかりませんが、いけるとこまで行ってみようと思っています。

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