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2011年11月20日 (日)

道は戻っていい

今日驚いたこと。

CD再生系のトラブルがありました。CDピックのアウトから、DAC→アップサンプラーへとつながる系統の右側から音が出なくなりました。

中国製だし、数年でトラブルが出るのは聞いていました。覚悟はしていたのです。

やれやれ、またゆっくり家にいるときに、手を打ってみよう。

 しかたなく、とりあえず音楽を聴きたくてCDダイレクトに入力を切り替えて驚きました。

フィリップスのCD950単体の音がすばらしいのです。10年前にOPアンプを一個交換。主要のコンデンサーをOSコンに交換。

これでずっと聴いていたのですが、2年前デジタル系統を192KHに変えてから、ピックアップと回転機構のみ使用、その以降の系統は中国製のデジタル機器にまかせていました。

変更してすぐは、ハイエンドの音がする、情報量が多い、でとても満足していたのです。

でも今回、元の音を聴いて驚きました。

 迫力と、余韻と固有の音色が素晴らしい。まるで今までほったらかしにされてたうっぷんを晴らすかのように、堂々と鳴ってくれました。サンプリング周波数が上がれば、上がるほどこれらの余韻などは、フィルターにひっかかり、途中で消えていくのでしょうか。ハイサンプリングは、余韻さえもサンプリングしてくれないのでしょうか。もっと高価なDACなどを使えば、また違ってくるのでしょうか。

 今まで自分は何を聴いていたんだろう。確かに現在の音はクリアで情報量は多い。それまでのCD950の音に古さを感じて、最新のデジタル系に心酔していたのです。

さあ困ったなあ。それからしばらく聴いていて、また考えが変わりました。CD950いい音だけど、昔ながらのCD950だなあ。昔を思い出してちょっと飽きたかなあ。つくづく人間は贅沢です。

 ここで今回の問題と結論。

1.好きになるべき音は、メーカーの特定の機械の音なのか。それともそれを捨てて、自分の目指す究極の音なのか。どちらであるべきなのか。

2.その時々で過去の自分の音を聴いて現状に対して迷ったときはどうするべきなのか。

結論:

1に対しては、どちらでもOK。マランツが究極の到達ならマランツを手に入れればよい。そして既存の音で満足できないなら、自分の音を追求すべきである。メーカー製の機械も、自分の求める音に対して有効利用すべきあり、その利用の方法は結論はなく自由であり、当事者の裁量によるということ。

2に対しては、いつもどんなときも、聴きたい音が実現できるようにしておけばよい。過去好きだった音も、現在の音もならべて聴いてもいいと。

 日本人にはこうと決めたらその道だけを突き進むことが美徳であるとの国民性があります。しかし所詮趣味だし、いつでも、どんな音を聴いてもそれは許されるべきだし(おや誰に許しを乞うのでしょうか)、そうして当然。

まあ、趣味に対しては貪欲に行きましょう。

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