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2011年11月 8日 (火)

他人は他人

他人の自宅へ行って、置いてあるオーディオ機器をけなす人がいる。

そんな人の言い分を聞いていると可愛そうになる。

昔、私とその部屋のあるじと、その手合いの方3人がひとつの部屋にいたときだ。

 私も結構、この回路よりはこちらの方がいいと、経験から考えを持っているが、他人の部屋に私の好きでない回路で組んだアンプがあっても、そのことには一言もふれない。

あるじが気に入っているのなら、それでいいからだ。

 しかし、遠慮のない、耳学問満タンの方は容赦はしなかった。徹底的にけなしはじめたのだ。

言われたあるじは、泣きそうな顔になっている。

 それはそうだと思う。自分の奥さんのことを、けなされたら誰でもいい気はしない。

オーディオファンにとっての機械とは、奥さんのような存在だから。

 多くの場合、こういう場面では、知識の多い方の勝ちになってしまう。本来どちらがいいかという絶対的基準がない。よって結論なんかでるはずはないのだ。

いつも負けている方の味方をしてしまう私は(スポーツでも)、こんなときには、けなす人に対して、知識の土俵ではなく、感性の土俵に上がるように持って行く。

 けなし男の感性をテストし始めるのだ。

「AとBの両方を聴いたことはありますか」と問えば、

「もちろんあるよ」と答え、雑誌に書いてある論評を口にし始める。

そうくれば論評よりも、具体的に自分の感性ではどんな感じだったかを、答えるように仕向けるのだ。

 本当の実体験なら自分の言葉でしゃべるはずだから。

例えば、フォステクスのスーパーツィーターのT90AとT500A。ある人はその音を、前者は切っ先鋭いなカッターのようであり、後者は柔らかいナイフのような音だと表現した。私はその人の感性にうまいなあと感心したものだ。

 そういう表現をけなし男から引き出したい。このスーパーツィーターの話しを聞かせて、こんな表現で貴方なりのAとBの違いを言ってみせて欲しいと。

すると黙ってしまう。

そもそも他人の機械をけなすような神経の人間が、こういった表現ができる感性をもちあわせている訳がない。なんとか自分の思いを表現する為に言葉を選ぶ努力をする人は、他人を傷つける言葉は口にしないものだ。

あるじは少し安心したような顔になった。

しかしオーディオとは難しい趣味だ。集団になると文学的表現のストックを持っていなければ意見交換で負けてしまうことがあるからだ。

評論家が集団で、順番に意見を述べるときは、評価が前の方と全く反対になることもあるし、ましてやその相手が年齢的にも上の方であれば、気をつかう。そのフォローもできなければ評論家は次から呼ばれない。

 その意見交換の自信がない方は、やはり私のように孤独オーディオがベストだ。

  

 

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